2010年8月24日火曜日

コミュニテイの意義


御幸地区コミュニテイセンターも30年を経過しようとしている。
現在の会長は四人目とのこと。
H初代会長が長く務められたが、その後の会長は短い。
短いというより後任の引き受け手が無く、バトンタッチに苦労している。

誰しも、地域組織の必要性は認めるものの、役だけは受けたくない。
参加したり、協力はするが、役は御免蒙(こうむ)るという人が多い。

コミュニテイなる組織が無いと困るものではない。
今や死語ともなりつつある「向こう三軒両隣」、隣近所も疎遠になってきた。
ましてや核家族の時代。一人暮らしのお年寄りの集う場所はどこか。
コミュニテイセンターの役割が問われている。

全国で問題となっている100歳以上のお年寄りの所在不明。
私達のコミュニテイでは敬老の日に75歳以上の方を招き
お祝いの集いを行っている。参加が不可能なお年寄りには
記念品を届けている。
このような活動を続ける限り、この地区から行方不明者が
出ることは無い。
コミュニテイの活動の意義もここらにあるのではないか。

2010年8月20日金曜日

ブログ作成講習会

亀山市民活動グループの情報発信を目的に「ブログ作成講習会」が8月17日から三日間開催されました。御幸地区コミュニテイセンターも紙媒体の広報誌だけでなく、インターネットの活用が急がれていましたので、渡りに船で講習会に参加しました。

講師の伊藤幸一さんがブログは「直ぐにできます。あなたのブログが今日から世界中に発信されるのです。」このことばに「ホンマかいな」と思いながら講習を受けた結果、このようなブログを昨日から公開することになりました。伊藤さんの言うことは本当でした。

ただ、ブログにはブログの限界があり、ホームページでないとできないことがあります。しばらくはこのブログでコミュニテイの活動を紹介しながら、ホームページの作成の準備も進めたいと考えております。60代も半ばを過ぎますと理解力が悪く、パソコン活用にしんどい思いをしております。

講習会の様子が中日新聞に写真入りで載りましたが、その写真を見てがっくり。後ろから撮られているので私の後頭部のお光がバッチリ写っていました。女房にはかなり危ないと言われていても、自分では見えないのでまだまだと思っていましたが、かなりひどいものでした。増毛するか自然に任せるか悩みが続きます。

2010年8月19日木曜日

さわやか小旅行「松阪市」2010年5月

歴史民族資料館

レクリエーション体育部の恒例の行事。
約50名の参加、中型バス2台に分乗。
最初に訪ねたのが松阪市立歴史民俗資料館。
館長さんから松阪の歴史と資料館の概要説明を受けました。
館内入口の江戸時代の長者番付表が気になりました。
越後屋の前進三井家、長谷川家、小津家などが上位に位置するのを見ると、豪商を多く輩出した松阪の勢いを感じました。

松阪木綿・機織機


資料館の2階では松阪木綿の機織り機が何台も展示されており、女性は興味深く見学しましたが、男性はサラッと見ただけで次の見学先へ急ぎました。

私事で恐縮ですが、自由散策の間に松阪もめん手織りセンターをちょっと覗いてみました。
いつもの悪い癖の衝動買いで、松阪もめんのシャツを購入。
次の写真がそれです。
この夏、しっかり着ましたが色落ちも無く重宝しています。




松阪もめんは粋好みの江戸庶民のファッションであったようです。
このシャツについていた「松阪もめん」の紹介によるとシマの模様は松阪から安南(今のベトナム)に渡り、御朱印貿易で活躍した角谷七郎兵衛がかの地からもたらした「柳条布」の国産化といわれ、松阪周辺の女たちの高い美意識と技術で洗練されてきたと書かれています。

衝動買いでこのシャツを購入した記しましたが、松阪もめんの復興、伝承に力を注いだ田畑美穂さんを思い出したからです。

田端さんは三重県立博物館の館長や松阪市立歴史民俗博物館の館長を歴任され、松阪もめん手織りセンターの開設、織姫グループの育成などに尽力されました。
私も何度か松阪視察をした際に、お世話になりました。あの優しい人柄にもうお会いすることできなく、残念です。

★現在、七郎兵衛の生誕四百年を記念した企画展が歴史民俗資料館で開催中です。
一斉に傘の花が咲く

当日は終日雨でした。
お城の周辺を傘をさしての大移動。
女性軍の向かう先は昼食場所!
松阪といえば肉料理でしょう。
メンバーのリーダー役の女性がインターネットで探し
松阪肉の美味しい店を予約されたようです。